偉人オウィディウスは、ローマ人にかくも美しく語ったものだ。
《印象の良い人は、ほのかに赤い唇と歯ぐきで、顔を明るく輝かせる二列の真珠のような歯を持ち、一目瞭然、丁寧な手入れをしているということがわかる》
美しい歯を手に入れるために古代人たちが行なっていた様々な工夫を知ることは、なかなか興味深いことである。多少優雅さに欠ける点があっても怖気づいてはならない。かつて歯痛は悪魔が口に棲みついていることからくると思われていたので、口内の病のために生み出された魔法の薬は驚きの発明劇場であった。大プリニウスは野ウサギの頭蓋骨の灰を歯みがき粉として使っていた。歯ブラシの祖先と言える、歯をこする木の枝もすでに存在していたが、これは歯の掃除だけでなく宗教上のしきたりにも使われていた。
ヒポクラテスは、歯みがき粉の使用と酢によるマウスウォッシュを推奨した最初の偉人である。乾燥したバラとワインで煮たオーツ麦で口をすすぐのが当時のローマでは一般的であった。フランス語の歯みがき粉「dentifrice」は、”歯をこする”という意味のラテン語が語源である。アプレイウスは口の美しさを「魂の門戸であり、演説と思考の扉」であると記していることから、知識人にとって歯の美しさとは、よい香りも不可欠であったということが明らかである。
歯の輝きに関してはどうであったか。
ローマ帝国時代、口内ケアのために作られたパウダーの成分は、なかなかにショッキングなものである。砕いたガラス、アンモニアを含ませた塩、日光で乾かしたバラに混ぜた炭酸カリウムなどなど。中世には白い歯を持つことは見た目の美しさだけでなく、病気予防の意味も兼ねると考えられるようになったが、歯の衛生予防の意識が本格的に広まったのは19世紀に入ってからである。歯みがきには熱湯を用いることや、さまざまな歯みがき粉のレシピを当時の医者ショーリアックが書いている。時が経つにつれ、歯の手入れ用具は細工がほどこされた小箱の中に高価な宝石のように収められ、衛生習慣に欠かせないものとなった。金や銀製の爪楊枝、金属製の舌クリーナー、エスキュレットやフュルジョワール(18世紀に使われた金属製のエチケット棒)、中国製のシャトレーヌ(小さな装身具入れ)まで、歯ブラシが登場する以前にもさまざまな道具類が存在した。
歯ブラシの登場
15世紀には中国で竹製の柄にイノシシの毛を集めて植えつけたブラシが発明された。金や銀で装飾された馬毛ブラシは、フランスに17世紀の中頃もたらされたが、まだそれほど普及しなかった。17世紀の歯科外科医ピエール・フォーシャールが歯の手入れにまつわる迷信をしりぞけ、科学的実証に基づくケア方法を広めようとした。彼は呪術に頼るのではなく、中世に使われていた歯みがき粉を復活させ、歯を強化して歯ぐきを引き締めるためには、水で濡らした細く小さなスポンジと一緒に洗うことを推奨した。ミルラ、ジンジャーのうがい薬、ミントとはちみつなどが美しい歯のためには良いとされた。
現代的な歯みがき粉には、水こそが欠かせない成分である。
かつては研磨剤として歯やエナメル質に悪い軽石やイカの骨などが用いられていたが、現代人は美しい歯のためにはミントの香りのする体に優しい成分がふさわしいということを知っている。そのなかでも、特に水は大部分を占めている要素である。
かつてルイ15世の主治医が口内の感染治療のために、その効能を主張していたように、カステラ・ヴェルデュザン地方の温泉水はミネラル成分を多く含み、マウスウォッシュやうがいに取り入れると口内衛生と健康に良い効能をもたらすことが知られている。
最後に、ナポレオンに仕えた歯科医マーモントによる魅力的な言葉を添えよう。「最高の笑顔には、目だけでなく美しい口元が不可欠だ」