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オフィシーヌの旅日記 島でのランデヴー

人が旅をする方法は何千通りとあります。それと同じように、大海原に乗り出す理由も無数にあるのです。

私たちのなかには、快い幼少期の記憶に彩られた故郷に絶えず引き寄せられるものもいれば、未知の世界がもたらしてくれる喜びに進んで身を委ねる、怖いもの知らずの放浪者もいます。

さらには「動かずに旅をする」という人も──この手の旅人たちは物理的に移動する代わりにまぶたを閉じ、頭のなかで自由に思い描いた空想の国へと飛び立つのです。

旅のかたちはさまざまですが、旅が人間にとっての普遍的な行動であることに変わりはありません。なぜなら旅は、あらゆる世界の扉を開いてくれると同時に、ヴァカンスを楽しむひとりひとりの心のなかを蛇行しながら、その片隅に思い出を残してくれる親密なものだからです。

そうしたなかで〈オフィシーヌ・ユニヴェルセル・ビュリー〉が惹かれるのは、移動の概念でもなければ、「環境を変えたい」という人間の本能的な必要性でもありません。

むしろ私たちは、旅が終わっても消えることのない、感覚的な余韻に魅了されるのです。

雨に濡れた植物の香りやお肌を愛撫する太陽の光のぬくもり、未知の果実がもたらしてくれる新たな味覚、遠くから漂う花のにおい、黄昏時の空の色、にぎやかな街の喧騒、海の歌声など……それは懐かしい記憶の残像よりも永く残り続ける、忘れえぬ“現在”でもあります。

旅をしているときは気にも留めないような小さな出来事も、ふとしたときに脳裏によみがえっては最愛の、それでいてはるか遠くに残してきた場所の楽しい記憶を呼び覚ましてくれるものです。

今年も待ち焦がれたヴァカンスの季節を迎えました。そこで私たちが今回のニュースレターのテーマに選んだのは「Carnet de voyage(旅日記)」。

島々の美しさと豊かさ、忘れられない故郷の記憶、未来の、あるいは過去の旅を讃えます。インド洋から地中海まで、海に浮かぶ4つの目的地を目指して、ささやかな世界旅行に出発しましょう。


「島とは、縮約された小さな大陸である」
ベルナルダン・ド・サン=ピエール

KALYMNOS AND ITS MAGICAL SPONGES

カリムノス島と魔法の海綿

「私はいままでに何度もこの言葉を耳にし、自分自身でも口にしてきたと思います。その言葉とは『目的地よりも道のりが大事』です。

特別な言葉ではありませんが、まったくその通りだと思います。特にパリからアテネに旅をしたときは、この言葉の正しさを実感させられました。あのときは何週間もかけて、ようやくアテネに到着したのですから。

その一方で、私は「旅は“出る”ものではなく“する”ものだ」という考え方も好きです。

私たちはとにかく前進すること、ひとつの場所から別の場所へと、東に西にと忙しく駆け回ることを良しとするあまり、“逃避”の感覚を失いがちです。でも、ただ世界を見たり、普段と態度を変えてみたりするだけで、私たちは冒険の主人公になれるのです。それは素晴らしく楽しいものです。

実際にその通りなのですが……ひとつだけ例外の場所があります。島です。

ほどよい弾力のある、まるで踊っているような島の大地を踏んだ瞬間、それから先のことは意味をもたなくなるのです。感覚の記憶喪失とでもいいましょうか。ここでは日常から解き放たれて、島にふさわしい言葉やジェスチャー、時間のリズム、太陽の気まぐれなどを、まっさらなページになった気持ちで学び直すことが大切なのです。

エーゲ海に浮かぶギリシャのカリムノス島も、まさにそんな場所のひとつです。

私たちが求めている「圧倒的な逃避」を叶えてくれるという意味では、ギリシャの島々のなかでもとびきり異国感が強いかもしれません。人気観光地としての地位と絶え間ない喧騒と引き換えに静けさを失ってしまった西のキクラデス諸島の島々とは、まるで正反対の場所です。

ふたつの異なる世界の完璧な調和を体現する場所──カリムノス島では海の沈黙と、山々の壮大なアーキテクチャが対話を繰り広げます。

息を呑む美しさとさまざまな宝物を秘めた海、そして悠久の山々。たった1〜2日だけだとしても、謙虚な気持ちとともに、カリムノス島を訪れる価値は十分にあります」

フローラ・ル・サン
〈オフィシーヌ・ユニヴェルセル・ビュリー〉のスタッフ

MONT ATHOS AND ITS DEVINE INCENCE

アトス山と聖なる煙

「かつてこれほどまでに空が青くて深く、熱を帯びていたことはなかった。緊張を悟られたくないのか、マリアがかすかに微笑んだ。

その口から出る英語は、訛りが強くてわかりにくい。微笑んではいるが、あまり楽しそうには見えない。

『これは遊びでもなければ、暇つぶしでもないの』とマリアが言った。そして真剣な面持ちで『アトス山を目指す旅は、その神秘や道のりを明かしてはいけない、秘密のミッションのようなものよ』と続けた。

アテネからテッサロニキに行くには、ギリシャの曲がりくねった道を北上しなければならない。そこからきらきら光る透明な、無限に広がるエーゲ海の浜辺に出るのだ。

続くウラノポリでは、海風の下で野宿をする。夜明けには起床だ。頭がぼんやりするなか、太陽が山々と海の影を愛撫する。

そこから私たちは車に乗り込み、あまりクーラーの効いていない事務所にたどり着いた。壁は色褪せ、ランプがひとつ、天井からぶら下がっている。カウンターの向こうに職員が5人いる。まだ早朝だ。涼しくもない。

ウラノポリは、アトス山に行くための「セキュリティー・チェックポイント」ともいうべきギリシャの村なのだ。ここでは職員が身分証明書を確認し、ひとりひとりにビザを発行する。神々との面会料は30ユーロ。支払いを済ませると、いよいよ全長3000キロメートルの、この旅の最終工程がはじまる。

海岸は青く、太陽の光に照らされて輝いている。波止場に目をやると、停泊している船が静かに波に揺られていた。ここは美しい湾に囲まれた村の港──人々の信仰が集まる港なのだ。

私たちは神々のエネルギーを求めて、暁のうちにこの港を出発する。その間、ヨーロッパ大陸は命を吹き返し、音もなく目を覚ます。

私たちは毎日同じ時刻に港とアトス山を往復している送迎船に乗り込むと、青いベンチに腰を下ろした(静かに過ごしたい人は下の階に、風に吹かれたい人は上の階に行く)。海は荒れていて、船は左に、そして右に揺られる。

それから船は静かに、私たちをアトス山まで運んだ。山のどこかにいるはずの神と、点在する20もの修道院で暮らす数千人の修道士たちのもとへ」

記事「Mont Athos(アトス山)」からの抜粋
メフディ・メクラと
バドゥルディン・サイード・アブダラ著

アトス山に立つ、ギリシャ正教会の寺院。
ここで使われている有名なお香は、エチオピアとエリトリアから運ばれる香り高い樹脂を使って、10世紀から作られています。
調合、乾燥、粉砕といった工程を経て作られたお香は火を付けられ、何世紀にもわたって礼拝や祈りを捧げる空間を厳かな香りで満たしてきました。

「黙っている。さもなくば、沈黙よりも価値のあることを話さなければいけない」

ギリシャのことわざ

MALTA, ITS FLOWERS AND SKIES

マルタ、島の花々と空たち

「マルタで成長することは、遍在する海と成長することでもあります。それは見慣れた風景に降り注ぐ太陽の眩い光の香りを学ぶことでもあるのです。

金色に輝く石炭岩の石垣は田畑を区切り、道に沿ってくねくねと曲がりながら、やがては丘や灌木林の向こう側に消えます。そのはるか先では、細長い入り江が海岸を切り裂き、無限の海に向かって広がっています。

ここからは、太陽がバラ色の空に溶け込む時間。風とともに野生のハーブとオレンジの花、夏の日差しに温められた灌木の香りが漂ってきます。

花々の季節が終わろうとしています……マーガレットと野生のランの姿が見えなくなる一方で、まるで抗うように、キンギョソウが岩にしがみついています。続いて、白と紫のアイリスが野生味あふれるエレガンスとともに、つつましやかでありながらも威厳たっぷりに花を咲かせます。

こうした感覚を引き延ばしてくれるのが、イリス・ドゥ・マルトの香りの水性香水〈オー・トリプル〉。

岩のなかで昼間の熱が守られる島──海がひとつひとつの息吹をよみがえらせ、夏の微風と同じやさしさで記憶を呼び覚ますマルタを想起させます。

その眩さを再び見出すには、ほんの数滴で十分です。マルタの岸辺を遠く離れてからも、お肌の上で島が生き続けている──そんな感覚を抱かせてくれます」

エリザベス・グレック
マルタ出身の詩人および翻訳家

「良い種は、たとえそれが海に落ちたとしても、やがては島になる」

マレーシアのことわざ

MADAGASCAR AND ITS MYSTERIOUS FRUITS

マダガスカルと不思議なフルーツ

「海辺の街、トゥリアラ。僕はほかの子どもたちと肩を寄せ合いながら、家族が運転するマイクロバスに揺られています。

マダガスカルでは、長旅の途中に果物売りの屋台に立ち寄るという習慣があります。この日も例外ではなく、僕たちは道沿いに並ぶ屋台に何度か立ち寄っては、旅を続けていました。

そこで僕は、サボテンにくっついている不思議なフルーツと出合ったのです。フルーツの名前は『ラケタ』──ウチワサボテンの実です。

売り子の女性が小さな棘で指を刺さないように、辛抱強く皮を剥く方法を教えてくれました。そしてラケタは生で食べることもできれば、ジュースにしたり、茹でたり、さらには焼いたりしても食べられること、いろいろな色の実があることを説明してくれたのです。

僕たちは好奇心をくすぐられ、気づくと両腕いっぱいにラケタを抱えて、屋台をあとにしました。

いまでも僕は、あのとき初めて口にしたラケタの味を覚えています。棘の“鎧”の下に隠れている、やわらかくてほのかに甘い、みずみずしい果肉の味を。

それ以来、僕はラケタという言葉を聞くたびに、あのときの埃っぽい道と家族の笑い声、売り子の女性の笑顔を思い出すのです。

あの人は僕に果物以上のものを──まるでサボテンのように見た目はトゲトゲしているけれど、中身はどこまでもやさしい記憶をくれたのです」

ヨアン・プー
〈オフィシーヌ・ユニヴェルセル・ビュリー〉のスタッフ

島。
炎の音節をもつ島よ、
かつてこれほどまでにおまえの名前が
わたしの魂に愛しく聞こえたことはない。
島。
これ以上にわたしの心に甘く響く言葉はない。
炎の音節をもつ島、
マダガスカル。

なんと美しい響きだ。
その言葉は
わたしの口のなかでとろける
おまえの森の神秘に育まれる、
晴れの季節のハチミツのように
マダガスカル。

光のように白い歯をもつ瀕死の人のように、
わたしは無我夢中で
その穢れのない赤い肉に喰らいつく
マダガスカル。

飢えが刻んだ傷の奥深くに
無垢なるあの世への渡し賃を忍ばせて、
わたしはおまえの胸にこの身を横たえる
もっとも誠実で、
誰よりも情熱的なおまえの恋人たちを凌ぐ激しさで
マダガスカル。

フクロウの鳴き声も、
焼け落ちた屋根の下でおびえるミミズクの
地面をかすめるような低空飛行も
なんの意味があるのだ。
おお、キツネたちが、
雛鳥の血のにおいを放つ毛皮を
ピンクフラミンゴの血に
染められた毛皮を舐めようとも。
群青に惑わされたわたしたちは、
取り乱したように、
天空の無限の青のなかを探し続ける
マダガスカル。

頭を昇る朝日のほうに向け、
片足を西の“へそ”に乗せ、
テュルソス*を
南の裸の心臓に置き、
わたしは踊るのだ、
おお、愛しい人よ、
わたしは稲妻のダンスを踊る
爬虫類の靴を履いて
マダガスカル。

わたしは正午の青ざめた顔に向かって
謎めいた笑顔を放つ。
星たちの顔に向かって
わたしの血の純真さを放つ。
宇宙の太いうなじに向かって
おまえの高貴さの片鱗を放つ。
マダガスカル。

ひとつの言葉
島。
それ以上でも、それ以下でもない。

沈黙を切り裂く言葉
おまえの首に巻かれた紐。
見る影もない屍の
その体に巻かれた帯を断つ言葉。
母親の腹のなかで
胎児が跳ねる。
石のはらわたのなかで
死者たちが踊る。
そして男も女も、
死者も生者も、
獣の植物も、
すべてが魔法の森のなかで
あの場所、喜びの真ん中で
あえぐだろう
あの言葉を、
島。
ほかでもない、あの言葉を。

黄金時代の言葉
大洪水を語る言葉。
地球を自らの力で
回転させられる言葉。
戦いの憤激。
勝利の雄叫び。
平和の幟。

島というひとつの言葉に
おまえは慄く。
島というひとつの言葉に
おまえは飛び上がる
大海の女騎手よ。

わたしたちの欲望の言葉。
わたしたちの鎖の言葉。
わたしたちの喪の言葉。
それは輝く
未亡人の涙のなかで、
母親と誇り高き孤児たちの
涙のなかで。

それは芽を出す
墓石に添えられた花とともに、
捕えられた人々の反抗心と
傲慢とともに。

わたしの祖先たちの島
その言葉は、わたしからの挨拶だ。
その言葉は、わたしからの伝言だ。
どこまでも高い山の上で
風にはためく言葉。
ひとつの言葉。
天頂の真ん中で
酩酊したマダガスカルチュウヒ**が飛び立ち、
鋭い声で鳴く
4つの空間の耳元で
自由、自由、自由、自由。

*ギリシャ神話の酒神ディオニュソスの杖
**マダガスカルに生息する、タカ目タカ科チュウヒ属の鳥

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