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【先行発売】香りの逃避行へ誘う、6種の香りのコフレが新登場。

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A History

受け継がれる遺産

200年に及ぶ歴史

輝かしいフランスの伝統を受け継ぐ、このうえなくエレガントな総合美容専門店をオープンすること。美と流行の発信地として世界の人々が注目した19世紀のパリを再現すること。古来から受け継がれてきた美容の秘訣をベースに、科学と最新技術を取り入れながら、本来の意味での上質で美しい美容ケア、美容製品と高品質な香水を生み出すこと。『過去の鍵が、未来の扉をひらく』いうヴィクトル・ユゴーの言葉が表すように、過去から現代、そして未来がビュリーの物語です。

ジャン=ヴァンサン・ビュリーの歴史

栄光と衰退の両方を生きぬいた彼の一生は、まさにロマン派の叙情詩そのものです。19世紀フランスを代表する作家オノレ・ドゥ・バルザックが華やかなパリの生活を描いた作品の登場人物、自信に満ちあふれたブルジョワの調香師セザール・ビロトーは、ジャン=ヴァンサン・ビュリーをモデルにしたと言われています。産業革命の幕開け時代におけるジャン=ヴァンサン・ビュリーの起業家気質が、ビロトーを通して表現されているかのようです。文学作品に限らず、香水蒸留師ジャン=ヴァンサン・ビュリー(Bullyの名前はかつて二つのLで綴られていました)の才能は、その時代の美容の歴史に名を残しています。彼が1803年、パリのサントノレ通りにオープンしたブティックの評判はまたたく間に国境を超え、ヨーロッパ中の話題となりました。とはいえ当時ライバルは数多く、フランスの商工会議所年鑑1807年版ではパリの街に店を構える香水店の数は139店舗であったと記載されています。当時の香水業界は、パリで1、2を争うほど多くの従業員を抱えていました。オリジナルの香水を調合・販売するにしても、既製品の販売を行うにしても、調香師達は当時の薬局や、薬剤師のスタイルを踏襲しました。 人々に衛生という観念が広がるのと時を同じくして、1806年ナポレオンが制定した薬局方が香水の原料における新しい秩序を確立したことで、調香師たちの独創性や調合の技術がさらに向上しました。時代のトレンドをキャッチする才能と商才に恵まれたジャン=ヴァンサン・ビュリーは自身の香水を開発するため、当然のことながら科学と美容の進歩にも大きな関心を持っていました。彼が発明したものの中でも有名なのは、当時万能薬として売り出された『ビュリーの香り酢』です。

奇跡の香り酢

古来より酢は水と蜂蜜を混ぜた水溶液とあわせて、ある種の病気や伝染病を鎮めるため体に塗る特効薬として使われていました。18世紀の酢の調合の中で最も有名なひとつ、通称「4人の泥棒の酢」は、当時流行していた黒死病(ペスト)を撃退したり、予防するのに有効と考えられていました。ワクチンが開発される以前、伝染病の媒体になるため水は健康に良くないと考えられていた時代には、酢が衛生のために用いられました。柑橘類やスパイス、花から作られた酢が数多く存在し、洗浄目的だけでなく気つけ薬としても使われました。19世紀になって入浴が名誉を回復してからは、酢の使い方が変化します。薬効成分はそのままに、水に混ぜて使われ、お肌をいきいきさせたり、肌トーンを明るくするトイレット・ビネガーとしてフェイスケアにも用いられました。清潔であることは健やかさと、一定以上の社会的階級に属している証となった時代でした。その頃の女性にとって持って生まれた自然な顔立ちの美しさや、白くみずみずしいお肌を生かすことが良しとされ、人工的な化粧の厚塗りは、低俗な女性や演劇の舞台のためと考えられ軽蔑の対象になりました。このような時代の風潮の中で、〈ジャン=ヴァンサン・ビュリーの香り酢〉は生まれたのです。その調合方は1809年と1814年の特許で公式に認められ、痛み止めと完成された美の妙薬として名を馳せました。当時贋物や数多く模造品が存在したオーデコロンに対し、〈ビュリーの香り酢〉は美容製品の代表作、真のベストセラーとして1867年と1878年に表彰されました。『並べられた数々の製品のなかで、いつも勝者はジャン=ヴァンサン・ビュリーの昔ながらの香り酢です。ライバルが奪おうとしても叶わない熟練の座を確立したベテランです。お肌に優しく、心地良い香りで、ラベルを飾る受賞メダルを輝かせ、老練な勇者のように首位に立ち続けているのです。』と、彼の功績と成功に対する称賛の言葉が1869年4月12日の『プチジャーナル』には書かれています。


現代的な香水専門店の創造

19世紀のパリは、モードと美容の分野において流行最先端の地でした。(オートクチュールとファッションシーズンカレンダーは、歴史的なデザイナーシャルル・フレデリック・ウォルトが発案したものです。)すべてはパリで花開くこ。そこは最新流行や、次のトレンドを求めて世界中から人々がやって来る場所でした。そして、生まれながらにして、とてつもなく自然なたたずまいと美しさを備えたパリジェンヌには当時誰もが憧れました。ライスブランパウダーと肌色を整えるクリーム、乳液や収れん作用のある化粧水、オードトワレや香水、そしてもちろん香り酢は、彼女達にとって欠かせないアイテムでした。パリの美しい総合美容専門店やエレガントな香水店の中にこそ、最先端の香水と美の真髄が存在しており、中でもジャン=ヴァンサン・ビュリーの香水店は最も美しいブティックのひとつでした。こんにちのオフィシーヌ・ユニヴェルセル・ビュリーの輝きを支えているのは、この19世紀パリ美容界の黄金時代なのです。21世紀に再びよみがえったビュリーは、新しい物語、新しい時代、新しい世界への移行のシンボルとして、Lがひとつになりました。

オフィシーヌ・ユニヴェルセル・ビュリーの新たな一章

オフィシーヌ・ユニヴェルセル・ビュリーの創業者夫妻ヴィクトワール・ドゥタイヤックとラムダン・トゥアミは、共に時代の先駆者としてのセンスを持ち合わせています。彼らは卓越した過去からインスピレーションを得て、美の遺産を発展させ、現代の最上を提供することを、受け継いでゆくべき使命のようなものと考えます。彼らが追求し続ける、有害な化学薬品を使わずに真正のフォーミュラで作られた本格的な香水。それは、幾千年も前から受け継がれてきた普遍的な美の秘訣の価値と知恵は現代においても何ら失われていない、という信念をさらに確固たるものにしています。

古くから受け継がれてきた職人技や衛生習慣の作法、世界中の美容の秘訣に対する彼らの情熱が、2014年パリ・ボナパルト通り6番地のオフィシーヌ・ユニヴェルセル・ビュリー第一号店のオープンを実現させました。そこはまるで、失われつつある世界中の美の遺産を守る砦のよう。店内カウンターには世界中の歴史を探り、旅して集められた、貴重で珍しい品々や、シンプルで効果的、あるいは伝説的な製品や美容道具がずらりと並んでいます。

先見の明に優れたデュオ

ヴィクトワール・ドゥタイヤックとラムダン・トゥアミ夫妻は旅に対する情熱や、探究精神と知識欲、伝統を重んじながらも大胆な革新性を持ち続けること、正確さや実用性への価値観を共有しています。様々な側面が、それぞれのプロジェクトと結びついているのです。2人の自由なエスプリは、ニッチな美容製品と香水ブランドをセレクトした初のコンセプトストア『パーフュムリー・ジェネラル』を2002年にオープンするきっかけとなりました。続いて2006年には老舗のキャンドルメーカー『シール・トゥルードン』のリブランディングを手掛け、世界的成功へと導きました。2013年には美容とボディケア、知性をテーマにした年刊誌『Corpus』を企画・出版しています。

90年代からラムダン・トゥアミはモードやクリエーション、アート、出版、美容の世界で躍進してきました。絶えず情熱にあふれ、様々な活動を続ける彼は、クリエイティブ・エージェンシーARIのディレクターとして、2020年に出版された『WAM』マガジンの監修も行いました。実業家としてオフィシーヌ・ユニヴェルセル・ビュリーを率いながらアートディレクションも手掛けるラムダンの自由な発想は、新製品や新しいアイデアを次々と生み出し、独創的な美のビジョンを提供します。クリエーション過程において完全な一貫性を保ちながら、こだわりとともに各都市の景観に溶け込んだ店舗のデザインも、すべてラムダンによるものです。

ヴィクトワール・ドゥタイヤックにとってファッションは自己表現方法のひとつであり、美容に関しては早くから興味を持っていました。そのセンスは彼女の家系の女性たちによって代々受け継がれ、育まれてきたものです。歴史を学んだのち、伝説的なセレクトショップ〈コレット〉のプレス担当チーフとしてキャリアを積むうちに、世界中の美容の歴史や美の秘訣への興味をさらに深めていきました。未知の素材との出会いや製品開発、希少な原料についての研究が、彼女にとって情熱を持ち続ける糧となり、ついには世界中の美の秘訣を収集し一冊にまとめた『アトラス・オブ・ナチュラルビューティー』を執筆するまでに至りました。

世界中から集められた美容の秘訣

パリで生まれ、フランスの研究所で開発された美容製品と香水は、卓越した、時代に左右されない特別なエクスペリエンスを提供します。自然由来の素材と古来から受け継がれたレシピを組み合わせ、革新的な技術によって生み出される現代的な美容製品。それは、よりパーソナルで親密な、自分にあった美容習慣とお手入れ方法の手引きとなるでしょう。自分をいつくしむ、という意味での美容をより身近なものにするために、製品のフォーミュラやテクスチャー、原料についての知識を深め、目的にあった美容道具を発見していく楽しさ。道具や容器、素材の美的要素にもこだわりぬいた、効果的な美容。オフィシーヌ・ユニヴェルセル・ビュリーは自分と誠実に向き合い、さらに美しくなるためのセルフケアを探究する旅を続けています。

フランス流暮らしの芸術に出会うビュリーのブティック

世界のオフィシーヌ・ユニヴェルセル・ビュリーのブティックは、出会いをつなぐ場でもあります。パリから京都、ソウル、東京、ロンドン、台北をはじめ世界各地に存在するオフィシーヌ・ユニヴェルセル・ビュリーのブティックはどれも、ずっと以前からそこに存在したかのように街の景観に溶け込んでいます。グローバル化にあらがう宣言のように、それぞれのブティックは各都市の建築様式や文化、地域の特色、そして習慣からインスピレーションを得てデザインされています。扉を押せばそこは、古き良き時代のパリへタイムスリップしたかのよう。19世紀のフランスの総合美容専門店のエスプリに、各都市の特徴を生かしたディティールが加わり、それぞれのブティックの個性を生み出しています。アットホームな雰囲気のクルミ木材を使用した陳列棚やと板張りの床、大理石の見事なカウンター、アンティーク調の蛇口、研究所で見られるようなビーカー類、ガラス瓶、昔ながらの薬屋で使われるようなボトル、陶器の壺や箱。これらの舞台装置はオフィシーヌ・ユニヴェルセル・ビュリーの世界をつむぐ赤い糸のようです。日本の折型技術をベースにした丁寧なラッピング仕上げや、優雅なカリグラフィーの曲線でしたためられるラベルなど、それぞれの製品ごとにカスタマイズされた細やかなサービス、ホスピタリティあふれるブティックの雰囲気。卓越したクオリティの高さと真摯な姿勢は、オフィシーヌ・ユニヴェルセル・ビュリーのフィロゾフィーを体現しています。
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